| ハーブティーの定義と歴史
● ハーブティーの歴史。
ハーブティーは、ハーバル・ティ、インフュージョン、ティザーヌとも呼ばれ、古くから親しまれてきた薬草茶です。
● その歴史をひもとくと古代ギリシャ時代にさかのぼり、医学の祖ヒポクラテスの処方に「ハーブの煮出した液を飲む」というのがあるそうです。
これがハーブティーの起源といってもよいでしょう。
● ハーブティーの有効成分の利用法は、熱湯に浸してエキスを得る「インワユージョン」、煎じる「デコクション」、アルコールに漬け込む「チンキ」、そのほか軟膏、バップ、浸出油、精油などがありますが、もっとも手軽な方法がインワユージョン、すなわちハーブティです。
● 中世には、修道士が医師の役割も担い、修道院の中に薬草園がつくられました。
これが、ハーブガーデンの始まりともいわれますが、薬草を栽培すると同時に、こころをしずめる瞑想の場でもあったようです。
● E・ピーターズ著『修道士カドフェル・シリーズ』(現代教養文庫)にもその様子が書かれています。
ハーブの処方は修道院独自のものであり、門外不出、薬草の採取も特別の人だけに許されるものとして怪奇な伝説が生まれたりもしました。
● ルネッサンス佳代、印刷技術の発明により、写本だった本草書が広く一般の人々の手にも届くようになり、その処方が広く大衆へ伝わります。
● その後、コロンブスのアメリカ大陸発見にはじまる大航海時代以降、新大陸やアジアの国々からコーヒーや紅茶をはじめ、さまざまな新しい植物や食物がヨーロッパに持ち込まれました。
そのひとつです。
● 東洋文化へのあこがれも相まって、英国では貴族たちのあいだで紅茶はたいへん流行しました。
その値もつり上がり、いくつかの歴史的事件も引き起こします。
それまでのヨーロッパでは、ハーブティといえば「薬」としてのハーブティ、セージやリンデンがその代表でした。
● 紅茶も、はじめはその薬効が重視されていたようですが、なによりもその味のおいしさから、嗜好品として広まっていきました。並行してハーブは、代用茶的要素ももつようになります。
● アメリカでは、ヨーロッパからの紅茶の輸入をいっさい拒絶したとき、ワイルドストロベリーなどのハーブティーが紅茶の代用として飲まれたようです。
● 19世紀に入ると、化学や生理学が発達し、体系化された近代薬学が始まります。
ハーブの有効成分の多くが、化学的に合成されるようになり、化学薬品が誕生します。
薬に限らず多くの分野で化学が活躍していきますが、ハーブティーは民間療法として、家庭の中で引き継がれていきます。
● すばらしい価値のある化学薬品も、20世紀になると副作用という問題があがり、ふたたび生薬学に目が向けられるようになります。
● 2つの大戦をはさみ、工業や輸入の停止した社会の中で、人間本来の生活が見直され、薬に食物に、ハーブは重要な役割を果たします。
● ハーブヘの関心が世界的に高まるようになった大きなきっかけは、1960年代、アメリカ西海岸を中心に始まったヒューマンポテンシャル運動です。
ベトナム戦争厭戦、反体制を唱えるヒッピーたちが「自然に帰れ」と提唱し、真の豊かさの追求がなされます。
● 人間本来の自然な生活が見直され、その波は世界じゅうに広がり、今日に至ります。
いまではハーブティーが日常的な日本にハーブという言葉が入ってきたのも、この影響を強く受けています。
● このような歴史の流れの中で、ハーブティは「からだによい健康茶」として注目されました。
実際の戦争に反対することで、戦争は自分の身体の中でも起っていることを、教えてくれたのです。
● 比較的に薬として利用されることが多い欧米に対し、日本では、より嗜好的なハーブティとしてハーブティーは楽しまれています。
それは、日本人の西洋指向や、ハーブティーをファッションとしてとらえているためかもしれませんが、最大の理由は、ハーブティを飲む習慣が身についていることにありそうです。
● 日本茶もからだによいということを知りながら、それ以上にはおいしいからという理由で飲んできました。
同じくハーブティーもからだによいだけではなく、おいしく飲むことがより強く求められるのでしょう。
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